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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)47号 判決 1989年2月13日

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との間において、一九八六年一月二六日にカメルーン連合共和国ドウアラにおいて原告所有の機船「アーネスト・ベンチャー号」(旗国リベリア、総トン数七四五五トン、以下「本船」という。)上で発生した火災事故に関し、被告の原告に対する米貨一六四万七一七三ドル〇八セント及び一億七六五三万五九九九円の損害賠償債権が存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、一九八〇年九月一九日、被告との間において原告所有の本船に係る定期傭船契約(以下「本件定期傭船契約」という。)を締結し、これを引き渡した。

2  一九八六年一月二六日、カメルーン連合共和国ドウアラにおいて本船上に火災が発生し、ドウアラにおいて積み込んだカメルーン産コーヒー豆に損害が生じたところ、被告は、右火災によって右積荷の荷受人及びその保険会社(以下「荷受人ら」という。)が被ったと主張する損害合計金米貨一六四万七一七三ドル〇八セント及び一億七六五三万五九九九円について被告が賠償の責めを負う場合には、それによって被告が被る損害は原告において賠償すべきであると主張している。

3  よって、原告は、被告の原告に対する右損害賠償債権が存在しないことの確認を求める。

二  被告の本案前の申立ての理由

1  本訴請求は定期傭船契約中に発生した船舶の火災によって生じた積荷損害の賠償義務の存否に関するものであるところ、右契約においては、積み荷クレームに係る損害の賠償責任はその分担について予め定めたP&I保険者間の協定(インタークラブ協定と称される。)に従って解決される旨及び船主と傭船者との間に発生したいかなる紛争もロンドンにおける三人の仲裁人に付託される旨の約定が存し、原告及び被告は、いずれも、右協定を締結しているP&I保険会社に加入している。

2  原・被告間の紛争も、右協定に従って解決され、これによる解決ができない場合には仲裁による解決が予定されているのであるから、本訴は、訴訟要件を欠く不適法なものである。

三  被告の本案前の申立てに対する原告の答弁

1  被告主張の約定が存することは認める。

2  本件については、以下の理由により、本案の審理をすべきである。

(一) 本件の火災は第三者の不法行為によるものである蓋然性が高く、原・被告間の法律関係も、不法行為の求償関係となって仲裁約款の予定しない紛争となる蓋然性が高い。

(二) 原・被告間の法律関係は、荷主の主張する請求権の内容によって性質を異にし、また、火災事故の態様、原因が明らかにならない間は仲裁約款の適用の有無も判定できないから、被告は、仲裁約款の存在を理由に本案の答弁を回避することは許されない。

(三) 本船の荷主の保険会社の一社から被告に対して損害賠償請求訴訟が当庁に提起されており、当庁が当該訴訟について管轄を有することは明らかであるところ、定期傭船中の船舶による海上運送に係る貨物損害について荷主に対する第一次的責任を船主又は定期傭船者のいずれが負うかという問題もあり、原・被告間の紛争のみを切り離してロンドンにおける仲裁に委ねることは紛争の全体的解決にとって不経済極まりないから、本件は、仲裁約定の効力を排除して当庁において審理するのが合目的的である。

四  原告の右答弁に対する被告の反論

1  右火災が第三者の不法行為によるものであったとしても、それは、乗組員の監督義務(契約第八条、第三二条)又は不法行為による損害の負担を巡る傭船契約上の問題である。

2  原・被告間の紛争は、定期傭船契約上のもので、傭船契約の条項に従い、英国法を準拠法とし、インタークラブ協定に基づく解決が予定されているのであるから、これを専門に扱っている者に委ねる方が遥かに迅速かつ的確に審理しうる。一方、荷主と原告との間の紛争は、船荷証券上の積み荷クレームであり、右火災に係る運送人の法的責任の有無を巡るものであって、傭船契約上の紛争とは次元を異にし、また、その準拠法は日本法である。本訴において原告に責任があるとされたときは、原・被告間において英国法及び傭船契約の条項に従い、その負担割合が決定されるのであって、積み荷に関するクレームと傭船契約上の問題は切り離して解決するのが審理を促進させる結果となる。

第三  証拠<省略>

理由

一  本訴請求は、定期傭船契約中の本船において発生した火災によって積み荷に生じた損害に関し、原告から被告に対してその賠償義務が存しないことの確認を求めるものであることが原告の主張から明らかである。そして、原・被告間の右定期傭船契約中には、積み荷クレームに係る損害の賠償責任はその分担について予め定めたP&I保険者間の協定(インタークラブ協定と称される。)に従って解決される旨及び船主と傭船者との間に発生したいかなる紛争もロンドンにおける三人の仲裁人に付託される旨の約定が存することは当事者間に争いがなく、原告及び被告がいずれも右協定を締結しているP&I保険会社に加入していることも原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきである。

また、原本の存在及び成立について争いない丙第一号証によれば、原・被告間の定期傭船契約には、「いかなる紛争もロンドンにおける三人の仲裁に付託される。各当事者はそれぞれ一名の仲裁人を選任し、選任された仲裁人は第三仲裁人を選任する。その三人の仲裁人の決定又は三人のうちの二人の仲裁人の決定は最終的なもので、本協定は、その仲裁裁決の執行につき裁判所の命令と同一の効力を有する。」旨の規定(第一七条)が存することが認められる。

これによれば、原・被告間の紛争は、右定期傭船契約中の仲裁約款に基づいて選任される仲裁人の判断によってその解決が図られるべきものというべきである。

二  原告は、本船において発生した火災が第三者の不法行為によるものである蓋然性が高く、原・被告間の法律関係は不法行為の求償関係となって仲裁約款の予定しない紛争となる蓋然性が高い旨主張する。

しかしながら、右火災によって本船の積み荷の荷主に生じた損害が第三者の不法行為に起因するものであるかどうかにかかわりなく、原・被告間における荷主に対する最終的な賠償責任の分担の決定は、右傭船契約に基づき、インタークラブ協定及び仲裁約款に従って解決されることが予定されていると解するほかない。よって、原告のこの点に関する主張は、仲裁約款を排除する理由とはなりえない。

三  原告は、また、荷主の主張する請求権の内容によって原・被告間の法律関係が性質を異にし、火災事故の態様、原因が明らかとならない間は仲裁約款の適用の有無も判定できないと主張する。

しかしながら、荷主との間において船主である原告又は傭船者である被告がどのような理由に基づいて責任を負う場合であれ、原・被告間においてそれをどのように分担すべきかについては、結局、右傭船契約に基づき、インタークラブ協定及び仲裁約款に従って解決されることが予定されていると解するほかない。よって、原告のこの点に関する主張も、仲裁約款を排除する理由とはなりえないというべきである。

四  原告は、次に、本件においては、紛争の全体的解決等のために仲裁約款の適用を排除するのが合目的的であると主張する。原告主張のとおり、右火災によって積み荷に生じた損害について荷主から被告に対する訴えが提起されており、これについて当庁に管轄が存するとしても、当該訴訟において被告とされていない原告が自らの必要から消極的確認の訴えである本訴を提起したからといって、仲裁約款を排除してまで本件を当庁において審理することが合目的的であると解すべき事情は、全く存しない。よって、この点に関する原告の主張も、理由がない。

五  以上のとおり、本件は原・被告間の定期傭船契約中の仲裁約款に従って仲裁に付託されるべきであるから、本訴は、訴えの利益を欠く不適法なものとして却下を免れず、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 小島正夫 裁判官 片田信宏)

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